よく、先輩が「わからないことがあったら、何でも質問してね」と言います。しばらくすると、「わからないことがあっても、なぜか質問に来ないのよね」とも言います。
後輩に言わせれば、「何が『わからない』か、がわからない」のですね。だから「わからないことが合ったら、質問してね、と言われても、わからないことがわからないから、質問にすら行けない」のです。
「わからないこと」が何か、を明確にできるたら、かなりわかっていることになります。
だって、「わかっていること」と「わかっていないこと」の境界線が見えているわけですから。
一般に、初心者というのは、その事柄に関する「全体感」を持っていません。「全体がどうなっていて、どこがどういう構造になっているのか」がわかっているのは、熟達者です。
初心者が自分で「ここがわからない」と言えるようになるまでにはハードルがとても高いのですが、熟達者がサポートすると、「どこがわからない」かを切り分けていくことならできるはずです。
あれもこれも「わかっていない」人に「わからない箇所を特定してから相談に来い」というのは少々酷だと思うのです。
私が新人の時、まさに「何もかもわからない。わかるということがどういうものだったかすらもはやわからない」という状態に陥っていたので、「わからなければ、聴きにくればいいじゃないか!」と叱られても、「それができるくらいならこんなに困りません!」と逆ギレしそうだったことを覚えています。(いや、実際、逆ギレしたことがあったかも知れません。なんせ、手のかかる新人だったので)
そんなわけで、冒頭の声のかけ方「わからないことがあったら、何でも聞いてね」というのは、もしかすると、こう言い換えればよいのかも知れません。
「どこがわからないかもわからなくても、とにかく、何かがわからなそうだと思うならば、すぐ相談に来てね。一緒に”どこがわかってないか”を特定してから、対処法を考えましょう」と。
誰だってみんな、初心者で、右も左もわからなかった時代があるはずなのに、熟達してしまうと、その時の息苦しさとか冷や汗をかく感じをすぐ忘れてしまう。
だから、「わからないことがあったら」と言われた時の切なさももう思い出せないのかも知れません。
時々、「初心者」だった自分をしっかりと思い出してみてほしいなーと思います。そうすれば、新人にやさしくなれるから。たぶん、きっと。
まさに今、この思いです。
返信削除私はもういい年なのですが、
10年ぶりのパートにつき1ヶ月が経ちました。
まだ全体像が把握できません。
1日5時間の事務ということもあり、
その場その場で与えられた仕事をやるだけで、
月の流れが明確ではありません。
そんな中で数字の間違いをしました。
自分で考えてやるから間違えるんだから
わからないなら聞いて!と言われ、
次は慎重にやろうと、
すぐにわからないことを聞きました。
すると、わからないからってすぐに聞かないで
まずは自分で考えないと何も覚えないよ!と。
仕事が恐怖で仕方ありません。
ミスするのも怖い。
聞くのも怖い。
聞いてもわかったふりをしてしまいそうで
怖いです…