数年前のこと。ある企業で「過去、上司や先輩に言われて落ち込んだセリフは?」なんてことを皆でわいわい出し合ってみた時、「えー」と思う例が出るわ出るわ。
よくぞそれを飲み込んで、あるいは、無視して、あるいは、受け流して、ここまで仕事を続けてきましたね、とつい思ってしまうほど。
たとえば、「キミの1年はいったいなんだったんだ」と言われた人。年度末の面談の席とか、そんな場面で。それ、全否定じゃないだろうか。
あるいは、
「この仕事(会社)、向いていないみたいだね」と言われた人。
いずれの例も上司も機嫌が悪かったのかも知れないけれど。それにしても、ちょっと言い過ぎじゃあないだろうか、とは思う。
ちょっと毛色の違うもので、新入社員研修を少しさぼっただったか、遅刻しただかした日に、先輩が、全く自分のほうを見ず、PCに向かったまま、
「明日から来なくていいから」と低音でつぶやいた、という例もあった。
この彼は、その時ちょっとムッとしたものの(自分が悪いとわかっていても)、絶対に見返してやる!と奮起し、今では、その苦言を呈してくれた先輩とも仲良く仕事をしている、と話してくれた。
この前のエントリーでも書いたけれど、叱ってくれる先輩(上司)は、いい先輩(上司)。
あまりに全否定、あまりに人格無視、というのはいただけないけれど(パワハラという言葉が出来る前だって、いただけなかったのだ)、「深く反省させ」「奮起させる」と絶妙の声をかけるのは必要なことだと思う。
ただ、コミュニケーションというのは、発信者と受信者、双方の問題があるので、「自分は奮起させるつもりで言った」けれど、後輩は、「ただ落ち込む」こともあれば、「自分の言葉は、言いすぎだった。悪かった」と反省したのに、後輩は「いやあ、有難い。これで目が覚めた」と思うこともあるから、難しい。
結局は、日ごろどういう関係を築いていたかがこういう「叱責」の場面でも影響するのだ。
それにしても、もっともっとすごい例も聴くのだけれども、本当に「皆悩んで大きくなった」んだなあ。
頑張れ、皆(わたしも)!
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