テーマは、
「みんなで【イマドキの大学生】を考える!?
-「ゆとり教育世代」のラベリングを超えて-」。
京都大学口頭教育研究開発推進センター 溝上慎一氏が講師です。青年心理学がご専門だそう。
細かいことは、いずれ主催者の中原淳さんがブログでレポートされると思うので(他力本願)、私は、「へぇ」「ほぉ」と思ったことだけ報告します。
●イマドキの大学生は、すごく勉強している(勉強=授業に出ている)
→大学生協の調査によると、95年くらいまでの学生は「学生生活の重点」が「人間関係」だったのに、95年以降は「勉学第一」になってきている
→たまたまお隣に座っていた方がK大学の先生(教育方法学がご専門だそうです)でして、「そんなに授業によく出るんですか?」と伺ったら、「そうです。だから、シラバスに『出席点30%』とか書いちゃいけないんです。僕たちが学生の時は、出席点もあったのに。」
「え?なぜですか?」
「だって、授業に出るのは、今や”当たり前”だからです。」
●学生の73%が「将来の見通し=こうなりたい!」を持っている。
その一方で、その73%のうち、35.5%が「そのためにすべきことがわかっていて、それを実行している」と言い、51.9%は、「すべきことはわかっているけど、実行はしていない」。
さらに12.6%は、「すべきことがわからないので、当然、将来に向けて日常的に何かをしている、ということはない」と回答している。
→これまた、隣のK大学の先生とお話ししたら、「今は、OB会・OG会って禁止なんですよ。名簿出せない。学生が『この会社にいるOGに会いたい』『こういう職業についているOBに会いたい』と思っても、会う術がない。連絡先がわからないから。だから、将来像は漠然と持っていても、具体的な職業生活のイメージが湧いているか、というと難しいかも。」とのこと。
個人情報保護の観点からなんだそうです。なんか、変なの。
●「人的資本(Human Capital)」→「社会的資本(Social Capital)」→次に「アイデンティティ資本(Identity Capital)」という考え方が出てきた。「私は何者か」というアイデンティティ形成が仕事や人生に役立つ資本となる、という考え方・・・だそうです。
→これについて、会場から質問が出ました。
Q:「私は何者か」の意味を考えるのは、いつ、どこで?
A:「私は何か?」を直接考えるのではなく「将来どうなっていたいのか」=将来の見通しとして考えられるものだと思う。たとえば、大学入学時に「将来の見通し」を持っているかどうかを調査したのだが、持っている学生は、1年後、半分は、「見通し」がくずれており、半分は、見通しをRenewalしている。「見通し」を持っていない学生は、1年後も持っていない。
今は、就職活動が3年になると始まってしまうので、入学時に「将来の見通し」を持っているかどうかは大きい。それが、たとえ、「高校生レベル」の考えであっても。
とのことでした。
こういう話を伺うと、私たちがメディアなどで喧伝されている「ゆとり世代」を鵜呑みにし、「ラベル」貼りをしてしまっているのかも、と反省させられます。
また、新入社員が「生き急いでいる気がする」「そんなに焦らなくてもいいのに」とよく耳にするのですが、上記のような事情が影響しているのかも知れないなとも思いました。
それから、冒頭で中原さんが問題提起をしていた言葉に「「ゆとり世代」とラベルを貼ることで、その組織の本来の課題や問題点を見えなくすることはありませんか」 「ゆとり世代と呼ばれる若手だけでなく、中堅でもベテランでも成長していない人、モチベーションが低い人もいるでしょ?」 というのがあり、大きくうなずいてしまったのでした。
=========
ふぅ、やっと9/11全部のレポートが終わりました。
明日から、また、ゆるゆると参ります。
*追記*
中原さんがブログにUPしてくださいました。
その一方で、その73%のうち、35.5%が「そのためにすべきことがわかっていて、それを実行している」と言い、51.9%は、「すべきことはわかっているけど、実行はしていない」。
さらに12.6%は、「すべきことがわからないので、当然、将来に向けて日常的に何かをしている、ということはない」と回答している。
→これまた、隣のK大学の先生とお話ししたら、「今は、OB会・OG会って禁止なんですよ。名簿出せない。学生が『この会社にいるOGに会いたい』『こういう職業についているOBに会いたい』と思っても、会う術がない。連絡先がわからないから。だから、将来像は漠然と持っていても、具体的な職業生活のイメージが湧いているか、というと難しいかも。」とのこと。
個人情報保護の観点からなんだそうです。なんか、変なの。
●「人的資本(Human Capital)」→「社会的資本(Social Capital)」→次に「アイデンティティ資本(Identity Capital)」という考え方が出てきた。「私は何者か」というアイデンティティ形成が仕事や人生に役立つ資本となる、という考え方・・・だそうです。
→これについて、会場から質問が出ました。
Q:「私は何者か」の意味を考えるのは、いつ、どこで?
A:「私は何か?」を直接考えるのではなく「将来どうなっていたいのか」=将来の見通しとして考えられるものだと思う。たとえば、大学入学時に「将来の見通し」を持っているかどうかを調査したのだが、持っている学生は、1年後、半分は、「見通し」がくずれており、半分は、見通しをRenewalしている。「見通し」を持っていない学生は、1年後も持っていない。
今は、就職活動が3年になると始まってしまうので、入学時に「将来の見通し」を持っているかどうかは大きい。それが、たとえ、「高校生レベル」の考えであっても。
とのことでした。
こういう話を伺うと、私たちがメディアなどで喧伝されている「ゆとり世代」を鵜呑みにし、「ラベル」貼りをしてしまっているのかも、と反省させられます。
また、新入社員が「生き急いでいる気がする」「そんなに焦らなくてもいいのに」とよく耳にするのですが、上記のような事情が影響しているのかも知れないなとも思いました。
それから、冒頭で中原さんが問題提起をしていた言葉に「「ゆとり世代」とラベルを貼ることで、その組織の本来の課題や問題点を見えなくすることはありませんか」 「ゆとり世代と呼ばれる若手だけでなく、中堅でもベテランでも成長していない人、モチベーションが低い人もいるでしょ?」 というのがあり、大きくうなずいてしまったのでした。
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ふぅ、やっと9/11全部のレポートが終わりました。
明日から、また、ゆるゆると参ります。
*追記*
中原さんがブログにUPしてくださいました。
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